その2


No.56 市川門三郎の「奥州安達原袖萩祭文」

 昭和22年9月16日の広告。再び市川門三郎が登場した。9月22日までで、「奥州安達原袖萩祭文」と「男の花道」の2本立て。

 相変わらず歌舞伎の公演だ。このあと何回も市川門三郎が公演を行う。

 20日は一夜限りで浪曲の夕べが予定されている。玉川勝太郎一行が来るという予告だ。


No.58 杉田劇場の両サイドに新光映画劇場と国際劇場

 昭和22年10月8日の広告。杉田劇場では、市川門三郎一座が、9月に公演したのと同じ演目で出演。10日には浪曲の夕べが予定されているが、気になるのは雨天の場合は11日に順延とあること。庭で浪曲をやっていたのか?

 右隣には新光映画劇場の広告。中華街にあった映画館で、のちに中華料理の「同發新館」となる。左隣には国際劇場の広告で、空気座による「肉体の門」が上演されている。 

No.57 市川門三郎の「島千鳥月白浪」ほか

 昭和22年9月23日の広告。相変わらず歌舞伎をやっている。出演者は毎度おなじみの市川門三郎一座だ。出し物は「島千鳥月白浪」の他に「お半長右衛門帯屋」ともう一つは判読できず。

 同じ日の広告では、子安曙劇場、保土ヶ谷東宝、湘南映画、第一大和館、濱富士館、新光映画劇場などでの映画が載っている。世の中は歌舞伎よりも映画だ。


No.59 アテネ劇場では映画 杉田劇場では歌舞伎

 昭和22年10月14日の広告。アテネ劇場では「四つの恋の物語」という映画を上映。これは4つの恋をテーマにした物語を、4人の監督がそれぞれ描いたオムニバス映画。榎本健一、池部良、飯田蝶子などが出演していた。

 一方の杉田劇場ではいつもの市川門三郎一座が歌舞伎を公演している。「吃の又平」、「三つ面子守」他が演じられた。相変わらず門三郎一座が出演しているのだが、このような興行がいつまで続いたのだろうか。



No.60 アテネ劇場では高峰秀子・池部良主演の映画

 昭和22年10月21日の新聞に掲載されたアテネ劇場の広告である。高峰秀子と池部良が主演した「希望の青空」が上映されている。歌舞伎ばかり上演していた杉田劇場と違って、アテネでは映画が続いていた。

 「希望の青空」がどんな映画だったのか、検索していたらすごいサイトに出くわした。それがこのnoteである。ここに映画が全編載っているので閲覧してみてはいかがだろうか。

 ちなみに、郷土史家の葛城竣氏によると、昭和30年に高峰秀子は映画監督の松山善三と結婚し、一時期、磯子区岡村に住んでいたという。

No.61 アテネ劇場では再び高峰秀子の映画

 前回掲載した日から1週間後の10月28日には、こんな広告が出た。映画「見たり聞いたり試したり」の案内で、出演者は灰田勝彦・高峰秀子・野上千鶴子・岸井明とある。

 どんな話なのか映画.comで調べると、海外引揚者、戦災孤児、軍輌住宅、拳闘大会、孤児のホームなどという戦後まもなくを象徴するような言葉が並んでいた。

 しかし、キャストを見ても野上千鶴子、坊屋三郎、益田喜頓、江川宇礼雄などは出てくるが、高峰秀子の名はあまり目立たない。

 高峰秀子は1924年生まれだったので、映画が公開された時は23歳くらいのはず。一方の野上千鶴子は1928年生まれ。彼女は当時ニューフェイスだったので、主演女優に選ばれたのだろうか。



No.62 杉田劇場に女剣戟 市川美代子大一座が登場

 昭和22年10月28日に出た杉田劇場の広告。市川美代子一座が登場するという。久々の女剣戟とあるので、前にも杉田劇場で公演していると思われるが、その時の案内は見当たらない。

 今回は10月28日から11月4日まで1週間の公演だ。演目は書かれていないが、こんなキャッチコピーが載っている。

 義理と人情に降らす剣の雨 恋慕しぐれ女やくざの剣、涙、笑の股旅道中記

 市川美代子がどんな役者だったのか、ネットで検索しても何もでてこない。唯一ヒットしたのが、昭和28年の映画「剣劇女優とストリッパー」に出演しているという情報。お万の乾分 お吟の役で出演していたようである。

No.63 アテネ劇場で映画「地獄の顔」を上映

 昭和22年10月4日に出たアテネ劇場の広告。大曾根辰夫監督作品の映画で、水島・佐伯・木暮が出演している。

 Wikipediaによると、水島道太郎主演の松竹映画。原作は菊田一夫の『長崎』とのことだ。佐伯というのは佐伯秀男で、ボディビルダーでもあったという。木暮は木暮実千代のこと。

 キャッチコピーには、こう書いてある。

 ならず者の世界を出て愛と希望の生活を愛し始めたが! 燃ゆるが如き男の情熱を見よ

 他にディック・ミネや月岡夢路も出演している。

 アテネ劇場の隣に六角橋会館の広告が並んでいるのが気になる。赤い靴記念文化事業団の松永春さんは、若いころにアテネ劇場で映写技師をしていたが、当時のアテネ劇場は六角橋会館と掛け持ちだったとおっしゃっている。それで並んでいるのか?



No.64 13日間連続で公演した市川門三郎一座

 昭和22年11月4日の広告。杉田劇場で市川門三郎一座が公演するという予告が出ている。5日から10日までの演目は、「鞘当」「鵜の目鷹の目」「お染久松 野崎村」。「鞘当」と「お染久松 野崎村」は歌舞伎で、「鵜の目鷹の目」は現代劇だったようである。11日から17日までは「寿門松」「毛谷村六助」「将棋狂時代」が演じられていたが、「寿門松」と「毛谷村六助」は歌舞伎で、「将棋狂時代」は現代劇だったみたいだ。

 13日間で1回しか演目が変わらないということは、一人のお客が最大でも2日しか来場しないということである。しかも、映画を上映する劇場が多くなってきているのに、杉田劇場ではずっと歌舞伎にこだわり続けているのである。

 「銀星座」でも同様に歌舞伎の演目が並んでいるが、そのうちに映画が多くなっていく。

No.65 映画「駆け出し時代」@アテネ劇場

 昭和22年11月11日に掲載されたアテネ劇場の広告。ユーモアたっぷり 恋は特ダネ! スピードロマンスというキャッチコピーが付けられた映画「駆け出し時代」。主演は江川宇礼雄と書いてあるが、あらすじを見ると、どうも藤田進と原節子がメインだったようである。ほかに大日方傳なども出演している。ちなみに大日方傳は、昭和17年に公開された映画「南海の花束」の主演である。

 さて、「駆け出し時代」という映画はどんな話だったのか、ネットで調べると、毎朝新聞社会部の新米記者朝比奈吾郎(藤田進)と先輩の婦人記者智田美也子(原節子)のロマンス物語だった。

 参考サイトは作品情報 - 映画.com



No.66 まだまだ続く市川門三郎

 これは昭和22年11月18日の新聞広告。21年1月1日にオープンしてからほぼ2年が経過しているのだが、相変わらず東京花形歌舞伎の市川門三郎一座の公演が続いている。

 この時の演目は「明烏夢淡雪」と「鶴八鶴次郎」。どちらもよく分からないのでネットで調べてみた。

 前者はどうも「明烏夢泡雪」のようだ。淡雪か泡雪か、どちらも出てくるのだが、泡の方が多いみたい。後者は川口松太郎の短編小説を演劇化したものらしい。この小説で川口松太郎は第1回直木賞を受賞している。

 杉田劇場の右隣りには横浜国際劇場の広告。女剣戟の大江美智子が「男の花道」を公演している。36回早変わり熱演!…どんな舞台だったのだろうか。

No.67 アテネ劇場で映画「戦争と平和」

 昭和22年11月18日の新聞広告。アテネ劇場で「戦争と平和」を上映するという案内だ。一瞬、トルストイの名作「戦争と平和」の映画かと思ったが、あれは昭和31年公開だからまったく違う。

 こちらは昭和22年7月に公開された日本映画である。監督は山本薩夫・亀井文夫で、出演者は伊豆肇、岸旗江、池辺良など。話の中身は……

 爆撃で沈没した輸送船が中国沿岸を漂流しているとき、中国の漁夫に救われ中国軍で働いていた小柴健一。その妻・町子と息子・茂雄は健一戦死の公報を受け取る。そこに現れたのが健一夫婦の幼馴染である伍東康吉だった。やがて、悲嘆にくれる町子と茂男に暖かい心を配っていた康吉は、一緒に生活したいという想いを打ち明けた。

 戦争が終わって中国から健一が帰還すると、町子は康吉と結婚し、子どもまで宿っていることを知る……。続きはコチラから



No.68 アテネ劇場で映画「須磨子の恋」

 昭和22年11月25日の神奈川新聞に載ったアテネ劇場の広告。上映されたのは「女優須磨子の恋」だが、いつから、いつまで上映されたのか、この広告からだけでは分からない。

 女優・松井須磨子と作家・島村抱月の不倫の恋を描いた長田秀雄の戯曲を、溝口健二監督、田中絹代主演で映画化した作品。

 出演者は田中絹代のほか松竹・俳優座総動員と書かれている。だれが出ているのか調べてみると……

松井須磨子:田中絹代/島村抱月:山村聡/抱月の妻・いち子:毛利菊枝/いち子の祖母・せき:東山千栄子(俳優座)/抱月の長女・ハル子:朝霧鏡子/坪内逍遥:東野英治郎(俳優座)/逍遙の妻・せん:岸輝子 ほか

 映画のあらすじは、コチラから→松竹【作品データベース】

No.69 アテネ劇場で映画「どんぐり頓兵衛

 昭和22年12月2日の広告。アテネ劇場ではエノケンの映画「どんぐり頓兵衛」の案内が出ている。エノケンとは「日本の喜劇王」とも呼ばれた榎本健一。ほかの出演者はボードビリアンの二村定一、モボ・モガの時代を代表する伊達里子、喜劇女優の清川虹子など。簡単なあらすじはコチラ

 アテネ劇場の隣には「濱富士館」の映画案内が出ている。濱富士館というのは西区の藤棚にあったので、館名には「藤」→「富士」の連想でつけられたのかもしれない。もともとは富士館だったのが、昭和21年8月に濱富士館と改称されたという。当時の入場料は大人70円、小人(こども)50円だった。

 広告に載った映画は「リラの花忘れじ」で、高峰三枝子が出演していた。そのあらすじはコチラ

 「濱富士館」は昭和40年8月15日に閉館している。



No.69 市川門三郎一座の「安珍清姫 日高川」

 これは昭和22年12月2日の神奈川新聞に載った歌舞伎殿堂・旧杉田劇場の広告。東京花形歌舞伎の市川門三郎一座が12月1日から16日まで公演するというもの。

 演目は「奥州安達ケ原二段目」、「安珍清姫 日高川」、「鈴ヶ森」である。

 清姫役は市川女猿だったはず。磯子区民文化センター杉田劇場には当時の写真が残っていて、そこには女猿のサインが書かれている。ブロマイドとして配っていたのだろうか。

杉田劇場に残っている市川女猿の写真



No.70 市川門三郎一座が続く杉田劇場

 12月2日の広告では1日から16日まで「奥州安達ケ原二段目」、「安珍清姫 日高川」、「鈴ヶ森」をやるという案内であったが、この9日に掲載された広告では11日まで鈴ヶ森、近頃河原達引、天理教教祖傳大和歌を公演するという。やはり同じ演目を続けてもどうかと思うので、どこかで入れ替えたのだろう。12日からも違う出し物になるが、写真のピントが合っていないので演目は不明。

No.71 市川門三郎一座が16日間の公演を終える

 昭和22年12月16日の広告。市川門三郎の公演は本日限りと書かれている。

 12月1日から始まった門三郎であるが、16日間連続でやっていたのだろうか。

 この間に公演したのは「奥州安達ケ原二段目」、「安珍清姫 日高川」、「鈴ヶ森」、近頃河原達引、天理教教祖傳大和歌と続いていた。

 17日からはチンピラ劇団による「人情白波弁天小僧」と「親孝行***」となっている。(*は判読できず)



No.72 アテネ劇場で「陽気な女」上映

 昭和22年12月16日の広告は東宝映画「陽気な女」である。キャッチコピーは判読が難しいが、「轟・高峰の新女性! 希望荘に持ち上がる騒動!」かな…

 主演者は轟夕起子高峰秀子灰田勝彦ほか。

 この映画が初公開されたのは昭和21年2月14日だから、それから1年10か月後の上映ということになる。

 あらすじはコチラ(←クリック)。

No.73 市川門三郎のあとはチンピラ劇団

 昭和22年12月16日の広告。杉田劇場ではこの日まで市川門三郎一座が出ていた。大高ヨシヲ亡き後は、この一座が座付き劇団みたいな感じでずっと出演している。

 17日よりチンピラ劇団の予告が出ている。ピントが合っていないので分かりにくいが、人情白浪弁天小僧と親孝行***と読める。

 国際劇場では不二洋子一座が17日より登場すると。



No.74 杉田劇場ではちんぴら劇団が公演

 昭和22年12月23日の広告。12月17日から始まったちんぴら劇団だが、二の替わりは25日迄となっているので、21日くらいから始まったのかな。

 そして三の替わりは26日からというので、30日まで続いたようである。

 さて、二の替わりの演目だが、画像のピントが合っていないため読めない。無理して読むと、「深川情*******」かな?

No.75 同じ頃、アテネ劇場では松竹映画を上映

 昭和22年12月23日の広告。アテネ劇場では松竹映画「二連銃の鬼」の広告を出している。

 杉田劇場では相変わらず市川門三郎一座やちんぴら劇団の公演を続けていたが、こちらではずっと映画をやっていた。映画の出演者は佐分利信、宇佐美淳、井川邦子、川崎弘子ら。

 隣に光音座の広告が出ている。現在の光音座1,2はゲイ映画、ピンク映画の上映館になっているが、当時はこんな洋画をやっていたのだ。 



No.76 昭和23年も市川門三郎で始まった杉田劇場

 昭和23年1月1日の広告。杉田劇場の頭に「歌舞伎殿堂」という文字が加えられている。単なる劇場ではなく歌舞伎専門、あるいは中心の劇場ということなのだろう。

 そして昭和23年も東京花形歌舞伎の市川門三郎一座が登場した。

 桃井若狭之助と御所五郎蔵は役者の名前かと思ったら、実は歌舞伎の演目であった。前者は「仮名手本忠臣蔵」の登場人物、後者は「曾我綉侠御所染」の通称なのである。

No.77 さらに続く市川門三郎一座の公演

 昭和23年1月6日の広告。5日まで東京花形歌舞伎の市川門三郎一座が出演していたが、さらに11日まで連続した公演が組まれている。

 演目は「野晒悟助」、「輝虎配膳」、「うつぼ猿」

 杉田劇場の隣には東亜劇場の広告が出ている。エノケンのちゃっきり金太の案内だ杉田劇場は相変わらず歌舞伎をやっているが、世の中はどんどん映画が隆盛をきわめていく。

 



No.78 アテネ劇場ではシミキンの「浅草の坊ちゃん」

 昭和23年1月10日の新聞広告。正月興行ということで、「浅草の坊っちゃん」(松竹映画)がかかっていたが、上映期間が不明。

 主演の清水金一は浅草の軽演劇、トーキー映画初期に出演していたコメディアンで、その愛称がシミキン。

 映画のあらすじと出演者の情報は、コチラから。

No.79 杉田劇場では市川門三郎が続く

 堂々三の替として13日より18日まで初春の興行とある。

 1日から連続して18日間、市川門三郎一座の出演だ。演目は「中将姫」と「佐野治郎左衛門」。後者の演目では市川門三郎が佐野治郎左衛門を、市川女猿が八ツ橋を演じている。

 



No.80 昭和23年1月13日の広告から

No.81 昭和23年1月20日の広告から

 杉田劇場では19日から25日まで、市川門三郎大一座が出演するという案内。1月は1日から11日まで門三郎一座が続いていた。

 そして12日は休んで再び13日から18日まで出演していたのだが、さらに19日から25日まで続けるという。これが四の替わりのようだ。

 演目は「大盃」、「紙屋治兵衛」、そして「歌時雨」。これも歌舞伎なのだろうか。

 門三郎一座は2月から巡業に出ると書いてある。さて、その間の杉田劇場はどうなるのか。

 左端の方には門三郎劇団後援会の入会申し込みは、事務所まで連絡をということが書き加えられている。劇場の専属劇団になっているようだ。

 銀星座では「肉体の門」、アテネ劇場では「沓掛時次郎」、光音座では洋画の「鉄腕ジム」の宣伝が出ている。

 



No.82 杉田劇場では女剣戟王 月ノ江富士子一座

 昭和23年1月24日の広告。杉田劇場では、26日から29日までの公演で「お傳地獄」、「女国定」、「明治一代女」が上演されるという案内だ。

 出演者は月ノ江富士子の他に月ノ江澄子、戸田章二郎、酒井淳ほかである。

 横浜国際劇場では26日から1日までの豪華番組ということで、ダイナの浪曲で有名な川田義雄(晴久)が出演。さらに「東京大レヴュー りべらるのサンタフェショウ」と題して、岡晴夫とその楽団が同時に出演している。

 レアルト劇場では映画「愛のあけぼの」が上映され、オデヲン座ではパラマウント映画「若草の歌」が上映されていた。世の中は次第に映画になっていく。